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舞姫は嘲って言う、

真夜中にふと思い立って、ありったけのさだまさしの曲を聞きまくる。 そんな夜明け前である。
憲法学の教授はさだまさしは好きじゃないと言っていたけど、わかる気がした。 彼の詩は男らしくない。 彼の声は勇ましい戦いを描けない。 非常に抒情的で、流麗で、「湿気」を感じるのだ。 さだまさし若き頃は、彼の歌は「根暗だ」と言われていたらしい。 うん、納得する(笑

それでもその暖かかったり冷たかったりする「湿気」が心にこう、しっくりくるのは、小学生のときからこれを聞いて育ったからだろうか。
さだまさしは今は亡き母の恐らく青春の曲だったのだろうし、当時の姉の一番のお気に入りアーティストだった。 兄が一緒のときはポルノグラフィティとか入れてくれたのだけれども(笑)母か姉かが一緒の車に乗っていると、必ず流れていたのは、さだまさしの歌声だったのだ。
私は笑いながら「パンプキンパイとシナモンティー」をくちずさみ、意味もわからず「償い」を聞き、ふりしきる羽根のような雪を見てなぜか「舞姫」を想った。 寝る時に流れていたのは「長崎小夜曲」や「都府楼」。 「まほろば」にちりばめられた古語に首をかしげ、わからないなりに「広島の空」に涙を流し、「檸檬」に未だ見知らぬ都会の風を感じたものだ。
今となっては曲に込められた思いも各々の言葉の意味も理解できるし、ある程度彼の歌った世界を歩いたこともある。 ごく僅かではあれ、追体験のようなものをしたことも。

けれどそれゆえに懐かしさとして色あせるのではなく、それだからこそ、より一層、彼の歌う情念が真夜中のテンションがトチ狂った胸に響き、全身が震えおののくのだ。 流れた涙の意味は今もよく解らない。 解らないが、さだまさしの歌にさそわれた涙は、決して重く不愉快なものではない。 むしろなにか重苦しいものをほろりとほぐしてくれたような、泣きやんだ後には前を向けるような、静かな、静かな、感傷なのである。

彼の歌を聞いて「昔はよかった」と懐かしむ人もいるが、間違っているよ、と私は思う。 彼は今でも歌い続けているじゃないか、と。
さだまさしの歌をただの「過去」にしてしまう時には、きっと私はもっと大人になっていて、青くくすんだ過去への懐かしさも、黄昏の花の色の憂愁も必要としなくなっているのだろう。

そしてそっと呟くのだ、『愛した人のうそつき――と』。


とりあえず最近見つけた好きな曲は「桜月夜」。 こんな情熱的な和ロルしたいですね!(………………/※PBCジャンキー自重)
ちなみに今日の日程は一日にテスト×3本です(´・ω・`)古典と漢文と古典文学史を一緒の日にしちゃいけないと思うの…… っていうかなんでわたし徹夜したし(ry

書いているうちに夜明け前が夜明け直前になってました(´∀`)輝月です!

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2010.07.30 (Fri) 04:38
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