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Can you give last kiss for me?
 「お願いします、……私に、キスして下さい」

 突然そんなことを言われて、意図せずに凌牙は雨の中、濡れた地面に足を滑らせて見事にずっこけた。
 無論普通に歩いていればそんなことにはならないが……滑ったのだ。あまりの台詞に、一瞬とはいえ思考の全てが真白になって。
 まぁ幸いに、そんな情けない姿はただ一人を除けば誰にも見られることはなかったが。
 そのただ一人――こんな辺境の村では至極珍しい滑らかな銀髪を持つ少女は、すっ転んだ凌牙に驚いたように駆け寄り、これまた非常に珍しい紫水晶色の瞳を見開いて呑気に大丈夫ですか、などと問い掛けてくる。恐らくは自分が元凶だとも気付かず。
 「きゃー、どうしたんですか凌さん。泥だらけになっちゃいますよ、風邪を引いちゃいますよ。早く拭かなきゃ」
 「……や、大丈夫だし。っつーかその呼び方止めろって」
 正直言ってあまりにもぼけた少女の態度に呆れたが、流石に正面切っては言えない。元凶だと気付かないにしろ本心から気遣ってくれていることは確かなのだ。
 凌牙はこの一月で、痛いほどにそれを分からされていた。
 ――何しろ村に突然現れた銀髪の少女は、何の所以か凌牙の家で預かっているのだから。

 それはともかくとして、かなり重要な爆弾発言をしたくせに平然とした様子の少女に、恐る恐る凌牙は問い掛けてみた。
 「なぁ、それ……本気か?」
 「え? 本気に決まってるじゃないですか。風邪引いちゃいますってば。嘘じゃないですよー」
 ここまでくれば犯罪的とすら言えるだろう無意識のボケ具合に、ただ頭を抱える他はない。
 「あーんーな……お前、それよりも重大な……その」
 直に言わなければ彼女は恐らく永遠に自分の心配ばかりするだろうことも彼は分かり切っていて、だからこそ言おうとしたのだが。
 自立しているとはいえ凌牙自身まだ充分に少年と呼ばれるべき年齢だ。いかんせん、どうにもこうにも気恥ずかしく、結局曖昧に終わった。
 しかしやはり、紫の目に銀髪の少女は綽々としていた。
 「あぁ……キスして欲しいのは、間違いなく本気です。凌さんにキスして欲しいです。お願いします」
 この通り、とばかりに自分が濡れるのも構わずに、泥だらけの地面に土下座をする。

 路上でするにはあまりにも恥ずかしすぎる会話に、凌牙は有無を言わさず少女を家まで引っ張って行ったのだった。
___________________________________________


 翌朝、かなり寝起きの悪い凌牙はベッドの中で、俗には“惰性”と呼ばれる至福のひと時を満喫していた。
 時雨のこの季節は結構空気が冷たいのだが、何故だか、今日は心地よく暖かいのだ。
 その快感に任せ、怠惰に寝返りを打つ。
 ――と、腕の中に感じる、丁度良く柔らかい感じの温もり。
 それは命の持つ特有の温度。
 本能的にそれを抱きしめて、……しかし何かがおかしいと、そこでようやく凌牙は気付いた。
 (俺、動物なんか飼ってたか?)
 否、飼っていない。自分以外でこの家にいるもの……と言えば……
 「………………ぎゃっ」
 勘付いた瞬間、彼は思い切り急速な覚醒をし、短く叫ぶと腕の中の……未だまどろむ銀髪の少女を突き飛ばしたのだった。

 「うぅっ、幾らなんでもひどいです凌さん……そこまで拒絶しなくてもいいじゃないですか。今のはほんの冗談なのにぃ……」
 結果的にしたたかに壁に背を打ち付けた少女は、ベッドの上でわざとらしく泣き崩れると言う行動に出た。しかし今更凌牙はだまされない。そんなもの出逢って三日目には見抜かざるを得なかった。
 「心臓に悪いわボケッ! っつかだからまずその妙に可愛らしい呼び方はやめろってば。ちゃんと凌牙と言え凌牙と」
 「どうでもいいじゃないですかそんなの。どうせ凌さんも私の名前なんて呼んでないんですから」
 「それとこれとは訳が違う。俺はお前の名前を知らねぇんだから」
 「仕方がないでしょ、私も知らないんですもん」
 「んな戯けなことが、」
 「――あるから困ってるんです」
 どうでもいい舌戦ですっかり泣き真似を止めた少女は、くしゃくしゃに乱れた髪を丁寧に梳きつつ、未だ多少重たげな紫の瞳を凌牙に向けた。

 それまでふざけていたのが嘘のように、その目は言い知れない真剣さを孕んでいる。思わず射竦められる程に。
 そしてそうして大人しくさえしていれば、少女は充分に美人と呼べる容姿なのだと、今更に凌牙に意識をさせた。
 たっぷりと間を置いて、彼女は言った。
 「……冗談だと思っていますか」
 「な、何を」
 「私の言うこと、全て冗談だと思っていますか」
 その口調は凪と呼んで良いほどに平坦で、感情を滲ませない。
 「でも貴方が信じようが信じまいが、私には記憶がない。そしてどれだけ貴方が厭おうが、私は貴方にキスして欲しい」
 だが平坦な独白は、やがて崩れ出す。
 まずは表情が。続いて口調が。
 哀しさを、湛え出す。

 「私は本当に、私のことを何も知らない。――否、記憶を消し去られてしまったんです。それと、……すごく大切な人がいたことだけは、覚えているんです」
 それは彼女が初めて語る、彼女自身のこと。
 「そんなだから、私は……大切なものを失うことが、怖いんです。だからキスして欲しかったんです……私が、大切だって……優しい凌さんなら、言ってくれる気がして。じゃなかったら……壊れそうで……」
 途切れ途切れに、俯きながら。
 それでも存在自体が不可思議な少女は、言葉を紡ぎ続けた。
 「ごめんなさい……結局は、貴方の気持ちなんて考えてないんです。利用したいだけなんです。……ごめんなさい」
 「え……あ、いや……」
 「でも私は、今は確かに、誰よりも凌さんが好きなんです」
 弁解の間すら与えず。
 「ねぇ、どんなに遠くてもいい。何十年後でも、いいから」
 まるで答えなど最初から求めていないかのように。
 叶わないことを知っているかのように。
 「私に貴方の、最後のキスをくれますか?」
 そんな無茶苦茶なことを、哀しげに。
 そして最後は、何かを悟ったかのように、哀しく淡く微笑み……儚い言葉を、音にした。

 「私が消えてしまう前に」

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 これ以上に素直な告白も至上類を見なかっただろう。
 だが凌牙には、理解できなかった。
 時雨の朝の中でただ、困惑する。
 「消える……って……壊れるって……」
 不可思議な存在だとは分かっていたが、まさか、そんな本当に不確かな存在だったのか。
 いつもふざけていたのに、そんな切ない事実を隠していたのか。

 分からないから、とにもかくにも、凌牙は素直に言った。
 「――ずるいぞお前」
 無茶苦茶な話は半分以上理解していないが、多分これだけ押さえておけば大丈夫な問題だろう。
 「普通、女は告白を待つもんじゃねぇのか? 俺が好きって思う前にお前が俺を好きだなんて言うなよ」
 その言葉に、少女は明らかに不安げに瞳を揺らす。
 「嫌い……なんですか? 凌さんは私が嫌いなんですか……?」
 「馬鹿、ボケっ。誰もんなこと言ってねぇだろ! 同じ家に存在許す時点で……嫌いじゃない位察しろ阿呆!」
 途端に、彼女の表情が晴れて行く。儚げだった声が、次第に弾んで行く。
 「じゃあ、一緒にいてくれるんですかっ? もう私は大切なものを失わずに済むんですね? 私に、貴方の心を――最後のキスを、くれるんですねっ!」
 「何かお前の願う通りってのは癪だが……ま、約束してやるよ。 まずは……呼び名、考えなきゃなぁ?」


 こうして手順の少々おかしい恋は始まったらしい。

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2005.08.29 (Mon) 12:41
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